なぜか少しだけ賢くなったような気がする。
別に、まだ何もしていない。
電源を入れて、
画面が明るくなって、
キーボードの前に手を置いただけ。
それだけなのに、
なんとなく頭が仕事をする準備に入る。
不思議なものだと思う。
スマホを見ているときは、
流れてくるものを眺めている感じが強い。
でもパソコンの前に座ると、
少しだけ自分から何かを作る側に回った気がする。
調べものをする。
文章を書く。
画像を整理する。
ファイルを探す。
知らない言葉を検索する。
ひとつひとつは小さなことでも、
画面の前に向かっているだけで、
自分の頭を使っているような感覚になる。
もちろん、実際には、
パソコンの前に座っただけで急に賢くなるわけではない。
わからないことはわからないままだし、
難しい作業は普通に難しい。
エラーが出れば困るし、
設定画面を見ただけで嫌になることもある。
でも、それでも、
パソコンには少し特別な空気がある。
「何かできそう」
そう思わせてくれる空気がある。
キーボードを打つ音も、
マウスを動かす感じも、
画面に文字が並んでいく様子も、
どこか作業をしている実感をくれる。
たとえ内容がたいしたことではなくても、
自分で何かを動かしている感じがする。
それが少しうれしい。
パソコンを使いこなしている人を見ると、
やっぱりすごいなと思う。
ショートカットキーを自然に使って、
画面を切り替えて、
いくつもの作業を同時に進めている。
ああいう姿を見ると、
自分もああなれたらいいなと思う。
でも、最初からそんなふうにはできない。
まずはパソコンの前に座る。
それだけでも、
意外と大事なのかもしれない。
座らないと、始まらない。
画面を開かないと、
調べることも、書くことも、試すこともできない。
だから、パソコンの前に座っただけで、
少し賢くなった気がするのは、
完全な勘違いでもないのかもしれない。
それは、
「これから何かを覚えるかもしれない」
という入口に立った感覚なのだと思う。
今日もたいしたことはできないかもしれない。
でも、ひとつ検索して、
ひとつ保存して、
ひとつ文章を書いて、
ひとつ覚える。
それだけでも、
昨日より少しだけ前に進んでいる気がする。
パソコンの前に座るだけで、
少し賢くなった気がする。
本当はまだ、気がするだけかもしれない。
でも、その気がするという感覚が、
今日もパソコンを開く理由になっている。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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