ログイン画面の前で、手が止まった。
パスワードが思い出せない。
いや、正確に言うと、思い出せないというより「どれだったっけ」状態だ。候補は三つくらい浮かんでいる。ひとつ目を打つ。違う。ふたつ目を打つ。これも違う。みっつ目、これは自信がある。……違う。
「パスワードが間違っています」
画面は淡々としている。責めてこないのが、かえってつらい。
過去の自分は、なぜか自信満々だった
こういうとき、ふと思う。このパスワードを決めた自分は、いったい何を考えていたんだろう。
登録した日の自分は、きっとこう思っていたはずだ。
「これは絶対に忘れないやつにしよう」
その自信はどこから来たのか。数ヶ月後の自分がこうして画面の前で固まっているなんて、これっぽっちも想像していない顔をしている。
しかもヒントの質問がまたひどい。「初めて飼ったペットの名前は?」と聞かれても、答えを何パターンか登録した記憶があって、どれで答えたか分からない。ひらがなだったのか、ローマ字だったのか、頭だけ大文字にしたのか。
過去の自分は、親切のつもりで何も残してくれていない。
「あとで変えよう」が一番の敵だった
思い返すと、パスワードを決める場面では、いつも急いでいる。
登録を済ませたい。早く中身を見たい。とりあえず入れておけば、あとでちゃんとしたものに変えればいい。そう思って、その場の勢いで決めてしまう。
そして「あとで」は、ほぼ来ない。
その結果、数ヶ月後に「ちゃんとしてない過去の自分」の尻拭いを、「何も覚えていない今の自分」がやることになる。これはもう、完全に時間差のいじめだと思う。
過去の自分は決めただけで逃げ切っていて、今の自分だけが毎回、本人確認メールを待っている。
「パスワードを忘れた方はこちら」を押す、あの小さな敗北感
そして最終的には、あのリンクを押すことになる。
「パスワードをお忘れですか?」
はい、忘れました。はい、そうです。もう認めます。
メールアドレスを入れて、送信ボタンを押す。そこから、メールが届くまでの数十秒がやたら長い。受信箱を何度も更新して、迷惑メールフォルダまで確認して、ようやく届いたリンクを開く。
新しいパスワードを決める画面で、また別の問題が出てくる。
「英大文字、小文字、数字、記号を含む12文字以上」
要求が高い。過去の自分が使っていたような、覚えやすいパスワードは、もう通してもらえない。
「このパスワードは過去に使用されています」
そんなことまで覚えているなら、教えてくれ。どれを使ったのか、そっちが知っているなら、最初から言ってくれ。
それでも、今の自分にできること
結局、過去の自分を責めても、パスワードは戻ってこない。
だから最近は、今の自分が未来の自分に優しくすることにしている。
- 登録するときに、パスワード管理の仕組みにちゃんと保存する
- 「あとで変える」をやめて、その場でちゃんとしたものを決める
- メモを残すなら、パスワードそのものではなく、迷わないための手がかりを残す
地味な話ばかりだけど、これだけで、数ヶ月後の自分の機嫌がだいぶ変わる。
パスワードを忘れる自分は、たぶんこれからもゼロにはならない。でも、忘れた自分を助けられるのは、過去の自分だけでもある。
今日登録するサービスのパスワードは、数ヶ月後の自分への、ささやかな贈り物だと思って決めてみる。
今日の自分が、過去の自分と同じ失敗をしないために。
そして、ログイン画面の前で固まっている誰かが、これを読んで少しだけ笑ってくれたらうれしい。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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