デスクトップの端っこに、そいつはいる。
名前は「新しいフォルダ (17)」。
17。つまり私は、少なくとも17回は「新しいフォルダ」を作ったことになります。しかも、そのうちの何個かは、名前を変えることなく、そのまま今日まで生きている。
正直に言います。このフォルダの中身を、私は知りません。
「あとで名前をつけよう」という、いつもの約束
新しいフォルダを作る瞬間、人はたいてい本気です。
「これは大事なものをまとめるフォルダだ」
「ちゃんと名前をつけて、きれいに整理しよう」
右クリック、新規作成、フォルダ。
するとパソコンは、何も言わずに「新しいフォルダ」という名前を差し出してきます。
そこで私は思うのです。
「中に入れるファイルを選んでから、ちゃんとした名前をつけよう」と。
そして、ファイルを放り込んだ瞬間に満足して、そのまま閉じる。
名前をつけるのは、あとで。
この「あとで」が、フォルダの数字をひとつずつ増やしていきます。
(1)、(2)、(3)……。
気づけば、デスクトップには数字つきのフォルダが並んでいる。これはもう、整理整頓の失敗というより、私の「先送り」の記録です。
「新しいフォルダ (17)」を開く勇気
何度か、開こうとしたことはあります。
マウスカーソルを合わせて、ダブルクリックの寸前で、指が止まる。
- 中に、何が入っているのか
- いつ作ったものなのか
- 消していいものなのか、消してはいけないものなのか
どれもわからない。
いや、もしかしたら、すごく大事な書類が入っているかもしれない。
逆に、同じ写真が20枚入っているだけかもしれない。
この「どちらの可能性もある」という状態が、意外と心地いいんです。
開けなければ、中身は確定しません。
開けなければ、大事なものが入っている可能性を、ずっと持っていられる。
シュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーのフォルダです。
開けたら、たぶん、こうなる
ただ、現実的に考えると、開けたときの展開はだいたい想像がつきます。
- 「画像 (3).png」「画像 (4).png」「画像 (4) のコピー.png」が並んでいる
- 「無題のドキュメント.txt」に、一行だけメモが書いてある
- 何のために撮ったのかわからないスクリーンショットが、5枚出てくる
- さらに、その中に「新しいフォルダ」が入っている
最後のやつが、いちばん怖い。
フォルダの中に、まだ名前のないフォルダがいる。もう迷路です。
それでも、消せない理由
「じゃあ、見ないで消せばいいじゃないか」
そう言われると、反論できません。ごもっともです。
でも、消せない。
なぜなら、あのフォルダを作った日の私は、確かに「何か大事なもの」を入れたはずだからです。
あの日の私が、何を思ってファイルを放り込んだのか。
その気持ちごと、ゴミ箱に入れてしまうのは、少しだけ、さみしい。
パソコンの中のフォルダは、ただのデータのかたまりではなく、過去の自分からの小さな手紙のようなものなのかもしれません。
差出人の名前が書いていないだけで。
とりあえず、名前だけつけてみる
結局、私が出した結論はこれです。
中身を確認する勇気はまだないけれど、せめて名前だけは変えてみる。
「新しいフォルダ (17)」を、「あとで見る」に。
……と思ったのですが、やっぱり「あとで」はやめました。
また先送りになる気がします。
そこで、思い切って、こう変えることにしました。
「いつかの私へ」
これなら、開けなくても、少しだけ意味のあるフォルダになる気がします。
中身は、相変わらず私もまだ知らないままですが。
まとめ
- 「新しいフォルダ」は、先送りの記録になりやすい
- 中身を知らないフォルダには、「大事なものかもしれない」という小さな希望がある
- 開ける勇気がなくても、名前だけ変えると、気持ちが少し軽くなる
- フォルダの中のフォルダには、気をつけたほうがいい
あなたのデスクトップにも、きっといるはずです。
数字のついた「新しいフォルダ」が。
もしよければ、今日、そっと右クリックして、名前の変更を押してみてください。
中身を見るのは、気が向いたときで大丈夫です。
私のパソコンの「いつかの私へ」は、今日もデスクトップの端っこで、静かに待っています。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
PR
コータのAmazonページへ
コータのAIイラスト、Xページへ
コータのユーチューブページへ
よろしければ、
のぞいてみてください
0 件のコメント:
コメントを投稿