2026年10月13日火曜日

「新しいフォルダ (17)」の中身を、私はまだ知らない

 デスクトップの端っこに、そいつはいる。

名前は「新しいフォルダ (17)」。

17。つまり私は、少なくとも17回は「新しいフォルダ」を作ったことになります。しかも、そのうちの何個かは、名前を変えることなく、そのまま今日まで生きている。

正直に言います。このフォルダの中身を、私は知りません。

「あとで名前をつけよう」という、いつもの約束

新しいフォルダを作る瞬間、人はたいてい本気です。

「これは大事なものをまとめるフォルダだ」
「ちゃんと名前をつけて、きれいに整理しよう」

右クリック、新規作成、フォルダ。
するとパソコンは、何も言わずに「新しいフォルダ」という名前を差し出してきます。

そこで私は思うのです。
「中に入れるファイルを選んでから、ちゃんとした名前をつけよう」と。

そして、ファイルを放り込んだ瞬間に満足して、そのまま閉じる。
名前をつけるのは、あとで。
この「あとで」が、フォルダの数字をひとつずつ増やしていきます。

(1)、(2)、(3)……。
気づけば、デスクトップには数字つきのフォルダが並んでいる。これはもう、整理整頓の失敗というより、私の「先送り」の記録です。

「新しいフォルダ (17)」を開く勇気

何度か、開こうとしたことはあります。

マウスカーソルを合わせて、ダブルクリックの寸前で、指が止まる。

  • 中に、何が入っているのか
  • いつ作ったものなのか
  • 消していいものなのか、消してはいけないものなのか

どれもわからない。
いや、もしかしたら、すごく大事な書類が入っているかもしれない。
逆に、同じ写真が20枚入っているだけかもしれない。

この「どちらの可能性もある」という状態が、意外と心地いいんです。

開けなければ、中身は確定しません。
開けなければ、大事なものが入っている可能性を、ずっと持っていられる。
シュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーのフォルダです。

開けたら、たぶん、こうなる

ただ、現実的に考えると、開けたときの展開はだいたい想像がつきます。

  • 「画像 (3).png」「画像 (4).png」「画像 (4) のコピー.png」が並んでいる
  • 「無題のドキュメント.txt」に、一行だけメモが書いてある
  • 何のために撮ったのかわからないスクリーンショットが、5枚出てくる
  • さらに、その中に「新しいフォルダ」が入っている

最後のやつが、いちばん怖い。
フォルダの中に、まだ名前のないフォルダがいる。もう迷路です。

それでも、消せない理由

「じゃあ、見ないで消せばいいじゃないか」

そう言われると、反論できません。ごもっともです。

でも、消せない。
なぜなら、あのフォルダを作った日の私は、確かに「何か大事なもの」を入れたはずだからです。

あの日の私が、何を思ってファイルを放り込んだのか。
その気持ちごと、ゴミ箱に入れてしまうのは、少しだけ、さみしい。

パソコンの中のフォルダは、ただのデータのかたまりではなく、過去の自分からの小さな手紙のようなものなのかもしれません。
差出人の名前が書いていないだけで。

とりあえず、名前だけつけてみる

結局、私が出した結論はこれです。

中身を確認する勇気はまだないけれど、せめて名前だけは変えてみる。

「新しいフォルダ (17)」を、「あとで見る」に。

……と思ったのですが、やっぱり「あとで」はやめました。
また先送りになる気がします。

そこで、思い切って、こう変えることにしました。

「いつかの私へ」

これなら、開けなくても、少しだけ意味のあるフォルダになる気がします。
中身は、相変わらず私もまだ知らないままですが。

まとめ

  • 「新しいフォルダ」は、先送りの記録になりやすい
  • 中身を知らないフォルダには、「大事なものかもしれない」という小さな希望がある
  • 開ける勇気がなくても、名前だけ変えると、気持ちが少し軽くなる
  • フォルダの中のフォルダには、気をつけたほうがいい

あなたのデスクトップにも、きっといるはずです。
数字のついた「新しいフォルダ」が。

もしよければ、今日、そっと右クリックして、名前の変更を押してみてください。
中身を見るのは、気が向いたときで大丈夫です。

私のパソコンの「いつかの私へ」は、今日もデスクトップの端っこで、静かに待っています。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます

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